就業規則を読ませておけば総務への問い合わせに答えられる、と考えると外す。規程に語が出てくることと、その質問に答えられることは別だ。
30件の問い合わせを厚生労働省のモデル就業規則と照合した。語で判定すると29件が「答えられる」と出る。実際に条文で答えが決まるのは24件だった。
以下の照合は、2026年9月21日に厚生労働省のモデル就業規則(令和7年12月版)を文字にして、手元で実行した結果だ。30件の問い合わせは、総務に実際に来そうなものを自分で並べた。
語があることと、答えられることは別
差の5件が何だったかを見ると、線の引き方が分かる。
「私の有給は今何日残っていますか」は、規程に残日数という語が出てくる。毎月の賃金計算締切日における年次有給休暇の残日数を支払明細書に記載して通知する、という条文があるからだ。語は通る。それでもこの質問には答えられない。答えるにはその人の記録が要る。
「私の今月の残業は何時間ですか」も「私の標準報酬月額はいくらですか」も同じだ。規程には時間外や報酬という語があるが、数字は本人の記録の側にある。
「転勤を断れますか」は、規程に転勤の条文がある。それでも答えは条文だけでは決まらない。本人の事情と会社の判断が入る。
「住宅手当はありますか」も語としては出てくる。ところがモデル就業規則の賃金の章にあるのは家族手当、通勤手当、役付手当、技能・資格手当、精勤手当で、住宅手当は解説の中に例として出てくるだけだった。語を拾っただけで条文があると判断すると間違える。
4つに振り分けてから渡す
渡す前に、問い合わせを4つに分ける。この作業は人がやる。
1つ目は、規程の条文で答えが決まるもの。有給が何か月で付くか、退職は何日前に言うか、定年は何歳か。30件のうち24件がここに入った。8割だ。
2つ目は、その人の記録が要るもの。有給の残日数、今月の残業時間、標準報酬月額。規程には書き方が載っているだけで、数字は別にある。
3つ目は、就業規則以外の文書に書いてあるもの。旅費の金額は旅費規程、賃金の額は賃金規程にあることが多い。就業規則を読ませても出てこない。
4つ目は、人が判断するもの。転勤の可否、懲戒に当たるかどうか、例外を認めるかどうか。
渡してよいのは1つ目だけになる。2つ目は記録を先に引いてから渡す。3つ目は文書を足す。4つ目は渡さない。
8割という数字の読み方
24件が渡せる、という数字は2つの読み方ができる。
問い合わせの8割を減らせる、とは読めない。同じ質問が何度も来るかどうかで、実際に減る件数は変わる。1年に1回しか来ない質問が24種類あっても、減るのは24件だ。
読み方としては、手を付ける価値があるかの目安になる。8割が条文で答えられるなら、規程を読ませる形が成立する。これが3割なら、別のやり方を考えたほうがいい。
自分の職場で測るには、直近3か月の問い合わせを書き出して、4つに分けるだけでいい。30件あれば傾向は見える。件数を数える前に分類を作ると、都合のいい分け方になるので、質問を並べてから分ける。
読ませる前に、文書を3つに絞る
いきなり社内の文書を全部渡さない。増やすほど、どの文書から答えたかが分からなくなる。
始めるのは就業規則1本でいい。上の30件でいえば24件がここで答えられる。効果が出てから足す。
足す順番は、答えられなかった質問の数で決める。旅費の質問が溜まるなら旅費規程、手当の質問が溜まるなら賃金規程。使われない文書を先に渡しても、答えの精度は上がらない。
渡す形も揃える。PDFのままではなく、文字として取り出したものを渡す。表や図が多い規程は、表の部分だけ別に用意する。表をそのまま読ませたときの崩れ方はPDFの表を起こす記事に書いた。
版も揃える。古い版と新しい版が両方あると、どちらから答えたか分からない。文書の先頭に施行日を入れて、質問への回答にもその日付を書かせる。
答えられないときの返し方を決めておく
「規程に記載がありません」とだけ返させると、聞いた側が次に何をすればいいか分からない。返す文を先に用意しておく。
この質問は就業規則に記載がありません。
次のどれかに当てはまります。
・賃金や手当の金額 → 賃金規程を見る
・自分の残日数や実績 → 給与明細か勤怠の記録を見る
・個別の事情の判断 → 総務に直接聞く
この3行を依頼文に入れておけば、答えられない質問にも形のある返事が返る。
分類の2と3に当たる質問は、総務が答えるまでの時間も決めておく。その日のうちに返すのか、3営業日以内なのか。書いておかないと、答えられない質問だけが溜まる。
1つ目に分類した質問でも、条文の解釈が分かれるものは総務に回す。「やむを得ない事由」「会社が必要と認めた場合」といった書き方の条文がこれにあたる。条文を引用できても、当てはまるかどうかは判断になる。
渡すときの依頼文
1つ目に分類した質問だけを渡す。依頼文で縛るのは3つだ。
添付の就業規則から、次の質問に答えてください。
・答えの根拠になる条文を「」でそのまま引用する。引用は20文字以上にする
・条文に書かれていないことは書かない。書かれていなければ
「規程に記載がありません」とだけ答える
・条番号を必ず添える
・解釈や一般論を足さない
2行目が要になる。これがないと、労働基準法の一般的な内容で埋めてくる。法律としては正しくても、自社の規程と違うことがある。
引用を20文字以上にするのは、短い引用だと偶然一致してしまい、照合しても根拠にならないからだ。照合のやり方と20文字という基準は長い資料をAIに読ませる記事に測った結果を書いた。
答えを出したあとに照合する
出てきた答えは、引用が規程に実在するかを機械で確かめる。
import re, unicodedata
def norm(s):
return re.sub(r"\s+", "", unicodedata.normalize("NFKC", s))
ok = norm(引用) in norm(規程の全文)
規程をPDFから取り出すと改行が入るので、両方から空白を除いてから比べる。そのままの文字列で照合すると、正しい引用でも外れる。
条番号も照合する。引用した文が本当にその条にあるかを見る。条番号だけ違う答えは、読み手が原文にたどり着けないので使えない。
この2つが通れば、回答として配れる。通らなければ、その質問は1つ目の分類ではなかったということになる。分類をやり直す。
運用に入れる形
質問と答えを1行1件で表に残す。列は、受けた日、質問、分類、答え、引用した条番号、照合の結果、担当者。
同じ質問が2回目に来たら、表から探して返す。3回来た質問は、社内の案内に載せる。案内に載せれば問い合わせ自体が減る。
分類が2から4だった質問も記録する。ここが溜まると、就業規則以外にどの文書が要るかが見えてくる。旅費の質問が月に5件来るなら、旅費規程も読ませる対象に足す。
答えられなかった質問を捨てないのが要点になる。捨てると、いつまでも同じところで詰まる。問い合わせの記録そのものの残し方は電話とメールの記録の記事と同じ形でいい。
踏んだ失敗
就業規則を渡して、何でも聞いてくださいという形で始めたことがある。最初に来たのが「私の有給は何日残っていますか」で、もっともらしい日数が返ってきた。本人がそれを信じて休みを申請し、足りないことが分かった。
賃金規程を渡していなかったこともある。通勤手当の金額を聞かれて、就業規則の条文だけで答えが出た形になっていた。実際の金額は賃金規程にあり、答えは違っていた。就業規則には手当の名前しかない。
引用を義務づけずに運用した時期もある。答えは自然だったが、根拠がないので確かめようがない。総務として社内に配る文章に、確かめられない根拠を付けるわけにいかなかった。
分類を先に作ってから質問を集めたこともある。自分の想定した4つに合う質問ばかり集めてしまい、実際の問い合わせと合わなかった。質問を先に並べる。どこまで任せるかの切り分けはAIに任せる判断の記事に書いた。
確認していないこと
上の30件は、総務に来そうな質問として自分で並べたものだ。実際の問い合わせの構成とは違う。自分の職場の記録で測り直してほしい。
どの道具に渡すと何が起きるかも確認していない。照合の仕組みは道具によらないが、分類の精度は変わる。
社内の規程を外部の道具に渡してよいかは、ここでは扱っていない。渡す前に社内の規程と契約を見る。
複数の文書を同時に読ませたときに、どの文書から答えたかを見分ける方法も確認していない。就業規則と賃金規程を両方渡すと、引用だけでは出どころが分からなくなる。文書名も一緒に書かせる形が要る。メールの返信で同じ検査をかける方法は問い合わせメールの記事に書いた。



